「エネルギー安保に目覚めたドイツ」

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 ロシアによるウクライナ侵略は、ウクライナ東部、南部で激戦が続いており戦争は長期化しそうである。この戦争は世界中に様々な面で大きな影響を与えているが、中でもドイツのエネルギー政策に、時代を画する変化をもたらしている。

 ウクライナ侵略以前から、石油や天然ガス価格の高騰は、欧州で大きな問題となっていた。脱炭素=脱化石燃料を急ぐあまり、これら化石燃料の新規開発への投資が滞っていることが根本的な原因だ。

 中でも標的とされたのが石炭で、主要国は脱石炭の目標点を掲げている。一方天然ガスについては、温室効果ガス排出量が比較的少ないために、発電が不安定な再生可能エネルギーをバックアップするエネルギー源として、むしろその需要が高まっていた。

 欧州で天然ガスの主要な供給源となっているのが、パイプラインを通じたロシアからのもので、欧州主要国の中ではとりわけドイツが、ロシアから直接供給を受けるバルト海海底のパイプライン「ノルトストリーム」を2011年に稼働させるなど、ロシアへの依存度を高めて来た。

 2020年にはドイツの天然ガス需給の55%をロシアに依存するまでになっていた。そうしたドイツにとって脆弱な構造になっていたところに起きたのが、今回のウクライナ侵略である。

 ロシアにとって最大の収入源である資源収入を絶つ禁輸措置が、国際社会の懸案となった。言い換えれば、欧州、とりわけドイツでロシアにエネルギー面で依存することのリスク、「エネルギー安全保障」の視点が急浮上したのである。

 ドイツは、苦しい立場に追い込まれている。ロシア産の天然ガス、石油がなければ、市民生活がたちまち困窮するのみならず、産業界にも壊滅的な打撃を与えることは目に見えている。天然ガス、石油は、発電、ガソリンと言ったエネルギー源だけでなく、化学産業の原料としても、重要である。

 ドイツで、なぜ安全保障の観点を欠いた楽観的なエネルギー政策が続いてきたのだろうか。

 緑の党を中心に、これまで脱原発や脱化石燃料イデオロギーがことのほか強かったから、現実を直視せずに理想的なエネルギー政策を推し進めてきたことが大きな要因だろう。脱原発、脱石炭と再生可能エネルギーの導入を同時に進めることで、理想的なエネルギーシステムができるはずだったのが、不安定な再生エネを補う天然ガスは不可欠で、結局ロシアへの依存を深める結果となったのである。

 それに加え、特に社会民主党(SPD)の中には伝統的に、ロシアとの経済やエネルギーでの相互依存関係が深まれば、お互い戦争に訴えることはなくなるし、ロシアが経済的に豊かになれば民主化が進む、という考え方が根強かった。ドイツでよく言及されるドイツ語でWandel durch Handel(通商を通じた変化)という言葉が、この考え方を端的に表現したものである。

 経済界の中には、最も安く経済合理性があるロシアからの資源購入を進める強い動機があった。「ノルトストリーム」はこうしたドイツの考え方に基づいたプロジェクトで、米国や東欧諸国、ウクライナからは、「欧州の安全保障を米国に頼りながら、ロシアを利するのは許されない」「ロシアが東欧諸国への天然ガス供給ストップを政治的な道具として使いやすくなる」「通過料収入が減る」といった理由で、反対の声が強かった。しかし、歴代のドイツ政権は、「純粋に経済的な事業。政治的な意味を持たない」という立場でこれらの批判に聞く耳を持たなかった。

 こうしたこれまでのドイツのエネルギー政策は、今回のウクライナ侵略によって抜本的な見直しを求められている。安全保障の観点を欠いた長年のエネルギー政策のツケが今回ってきていると言えるだろう。

 ショルツ首相はさんざん逡巡した挙句、ウクライナ侵略開始直前の2月22日になって、すでに工事は完成していたノルトストリーム2の認可凍結を発表し、事実上の廃止に踏み切った。

 新たなエネルギー源の確保が焦眉の急となった。ハーベック経済・気候保護相(緑の党)は、遅ればせながら、エネルギー供給先の多角化に着手した。これまでドイツには液化天然ガス(LNG)船を受け入れる基地は皆無だった。2か所で建設計画はあったものの、パイプラインを通じて供給される安価なガスがあるうちは、巨額の投資をする出資者はいなかった。ハーベック氏は公的資金も投入してこの建設を急ぐ方針を示した。

 ハーベック氏はガス調達先の確保にも奔走している。3月下旬にはカタールとアラブ首長国連邦を訪問し、LNG調達の交渉を行った。化石燃料を目の敵にしていた緑の党の政治家だけに皮肉な図ではある。

 ハーベック氏は5月12日の議会演説で、ロシアによるドイツへの天然ガス供給がストップしても、次の冬を乗り越えることができると述べた。その条件としてLNGを使えるようになること、ガス消費量の10%省エネを実現することなどを挙げた。ただ、LNG基地整備にはむろん時間がかかるし、省エネも例年より寒い冬であれば実現は難しくなるだろう。

 こうした困難な状況からすれば、今年末までに廃棄が予定されている原発3基の稼働延長が検討されてもおかしくはない。実際、ハーベック氏は一時、原発の稼働期間延長を示唆した。しかし、脱原発は、法的側面や技術者や燃料の調達について、すでに長期計画に基づいて廃炉の準備が進んでおり、今更稼働を延長することは不可能という認識で、産業界も含めほぼ一致している。また、緑の党の一般党員の脱原発イデオロギーは根深い。

 従って、脱原発方針が覆ることはほぼあり得ないが、緑の党幹部が脱「脱原発」をほのめかすこと自体、ドイツのエネルギー供給がいよいよ背に腹を代えられない状況にあることを物語っている。ドイツは来年の冬にかけて、大規模なブラックアウトを起こさず、国民を凍えさせることもなく、エネルギーひっ迫の事態を乗り切れるだろうか。

【登録著者プロフィール】●三好範英(みよし のりひで)

ジャーナリスト

  • 東京都生まれ。東京大学教養学部相関社会科学分科卒。
  • 1982年 読売新聞入社。
  • 90~93年 バンコク、プノンペン特派員。
  • 97年~2013年 3回ベルリン特派員を務めた後、編集委員。『ドイツリスク「夢見る政治」が引き起こす混乱』(15年)で第25回山本七平賞特別賞を受賞。
  • 22年1月 読売新聞退社。